7月

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By djmagimix

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Categories: 灰色試訳

ベンヤミンによる芸術とアウラと距離、あるいはこれだけ大間違いをしでかしておいてあれだけ有名になる方法

昔、みんなが構造と力を信用しきっていた頃、我々はヴァルター・ベンヤミンのあの有名な論文に多大なる影響を受けたものだった。あんなに唯物論を礼賛してきたマルクス主義的、批評的伝統が技術装置を手にしてしまったことに対する後ろめたさから、なんとかして逃れなければならない。これが、この論文が発表された遥か昔、求められていたことなのであった。

それまで、これらの技術装置は、使う人の狙いによって良いものにも悪いものにもなる、中立的な、単純な道具だと考えられていた。ベンヤミン、そして彼のフランクフルトの同僚たちは、これとは別の教訓を持ち込んだ。技術は権力を作り出す。「芸術を見てみるがよい」と彼らは言った。再生産技術にちょっとした変化があっただけで、作品そのものの内容に、そしてその受け手に、信じ難い変質がもたらされたのだ。キリストは間違いを犯した。パンが増殖することで、聖体のパン自体も実体変化を受けることになってしまったのである。

このメッセージは強烈なもので、そのため、皆の目に止まらないわけにはいかなかった。

この論文を今日改めて読み直してみると、我々のリアクションはかなり違う。先駆者たるベンヤミンに必要なオマージュを捧げ、現在ベンヤミンに対して行われている批評がどれだけベンヤミン本人に負っているかを認めた上で、我々は全く逆に、この論文が快活に犯している間違いの多さに茫然とさせられるのである。いや、もっと正確に言えば、近代にせよ、過去にせよ、分析対象とされた現象のほとんどについて、ベンヤミンが全く理解していないことに呆れてしまうのだ。

我々は、ベンヤミンの後光の強さに対抗するために、わざと同じくらい挑発的なトーンで、敢えて指摘してみたい。これらの間違いは、ベンヤミンの功績の土台となった数々の洞察力にしてみれば全く他愛ない、力強いテクストのなかの些細な間違いなどというかわいいものではなく、彼が読者に及ぼした(そして現在も及ぼし続けている)幻術の主因なのである。ほとんどの作者が忌避するような、無知丸出しのこじつけを通し、『複製技術時代の芸術作品』では、芸術、文化、建築、科学、技術、宗教、経済、政治、そして更には戦争や精神分析に至るまで、近代的生活の全ての局面が簡素に描かれている。そして、こうした言葉が出てくるたびに、我々は、ベンヤミンが議論の対象を取り違えているような印象を禁じ得ないのである。

何度も繰り返される二分法が、この論文の議論全体の基調となる。一方に、一回性や熟考、集中、そしてアウラがあり、他方に、大衆、息抜き、没頭、そしてアウラの喪失がある。

しかし、この「アウラ」なるものの位置づけはかなり曖昧である。「アウラ」はベンヤミンのテーゼのみならず、近代及び過去に関する現行の議論の多くにとっても中心的なものなので、より厳密に点検する必要がある。ベンヤミンはアウラを持ち出すことで、議論に正当性を与えるための非常に便利な手段を手に入れる。ベンヤミンが現在を分析する時、アウラは、失楽園のようなものになる。これはある種の否定的参照点であり、ベンヤミンはこれを頼りに、作品の再生産装置がもたらす新しい効果と、芸術の旧来の美に取って代わった大衆の誘惑を記述する。しかし、彼が過去を検証するときは、アウラに対するノスタルジーそのものもまた、幻想として、あるいは聖遺物として、つまり、崇拝的価値の残滓として、批判される。このように、近代芸術に対する批評そのものもまた、今や消滅してしまった選民的な芸術観に戻ろうとする、ブルジョワ的反動を意図するものとして批判されうるのだ。芸術の、規格化された近代的複製品は、現前性のオセンティシティを失った—しかし、現前性自体、古めかしい宗教的人工物に過ぎない、というのである。

我々は、芸術と宗教のあいだのこの第一のこじつけを、躊躇することなくベンヤミンの最初の間違いだと考える。神の隠し絵に捧げられた崇拝儀礼というものは、偶像崇拝の定義にこそ当て嵌まるもので、宗教の定義ではあり得ない。近代を批判するために宗教を取り上げておきながら、他方で宗教を批判するために近代を取り上げることは出来ないのである。あるいは百歩ゆずり、善良な近代合理主義者の風情で、アウラを宗教と同一視するとしよう。しかし、そうすると今度は、それと同時に芸術が神格を失ったことを非難出来なくなるはずだ。合理性という近代的道具は、宗教が目の敵にしてきたはずのフェティシズムと宗教そのものを区別しないのであり、それゆえ芸術の神格などはとっくに葬り去ってしまったのだ。逆に、近代が挑発したとされる芸術の「非神聖化」は、いかなる神聖な意味も持ち得ない。それがフェティッシュ的価値の喪失を目的としている以上、すでに失われたものに神聖な価値があるわけが無いのである—宗教は常に、神は形象ではなく、それを超えた何ものかであると言明してきた。それにも拘らず、この論文はアウラになにかしら実体的なものを盛り込み、そして神を偶像にすげ替えようとするものとして近代のフェティシズムを非難するのである。しかし、それならばなぜ、映画の話を持ち出すのか? どうして最新技術や大衆を持ち出すのか? 結局、近代についてはなにも言っていないのである。結局、聖書のなかの勿体ぶったお馴染みの預言者たちのように、大衆の信仰の対象である偶像やフェティッシュを覆しただけなのである!

しかし、ベンヤミン論文の最大の試金石は、技術そのものだ。実際には技術に関する直接的な議論はほとんど展開されていない。むしろ、当然の前提として示されている。技術の原則的機能は、オリジナルを機械的に再生産することである—そして我々は、この全く陳腐な定義こそ、ベンヤミンが犯した第二の、そして最大の取り違いだと考える。技術を機械的再生産と短絡するこの間違った定義を、オリジナルの単一的な存在という宗教的アウラの誤った定義と組み合わせて使うとき、ベンヤミンは、複製は、オリジナルの色あせた贋作に過ぎない、という結論に向かって一直線に突き進む。

ベンヤミンは自分のテーゼを支えに、芸術史を2ページだけで大胆不敵まとめているが、彼の議論の正反対に向かう一連の議論をするのに、芸術史ほどおあつらえ向きの領域はない。技術とは機械的再生産ではない。そもそも、最初にオリジナルなるものがあり、それがあとから複製されるということ自体が、実はあり得ないのである。つまり、この仮説が既に確固たる経験論的結果として受け入れているというのでない限り、作品の増殖それ自体が、作品の貧困化と同一視されるいわれはないのだ。

例えば、古代彫像に対する近代的嗜好の形成過程について分析しているフランシス・ハスケルとニコラス・ペニーの研究に目を向けてみよう。イタリア人発掘者が関心を示すとき、これらの古びた彫像は、古代的完全主義の見本とされ、また、イタリア的アイデンティティを再構築するための道具として使われる。発掘者はこれらの彫像一つ一つの美学的価値などにはほとんど関心を寄せず、彫刻家に対してもほとんど注意しない代わり、過去と現在のあいだの連続性を主張し、そして掘り出した彫像を、美の本質に触れるための積極的な媒介物として利用するのである。アウラに対する配慮など全くなしで、かれらは彫像を修復し、移動させ、複製する。彼らとって、芸術とは、オリジナルの純粋さに捧げられた信仰などではあり得ない。それは行為の奔流に他ならないのだ。ハスケルとペニーは、精密な議論を通して、全く逆に、むしろ複製のほうが、少しずつ、オリジナルを生み出していったことを証明する。過去や他者との結びつきを保つための手段であったものが、不変で不可触な「オリジナル」に変成するのに三世紀を要した—そして、これら古代ローマ彫像がオリジナルの地位を獲得してから、今度はギリシャ彫像という更にオリジナルな芸術の脇役の座に引きずり落とされるまでに、更に一世紀が必要であった。ローマ彫像はギリシャ彫像の色あせた複製に過ぎない,というわけだ。

オセンティシティという主題そのものが、実は、発明しうる全ての技術的手段を使った不断の再生産活動の一足遅れた副産物である。ベンヤミンは、芸術のコモンセンスというイメージの名において、その技術的複製物への変質を預言するのだが、このイメージ自体が、じつは継続的な技術的再生産の賜物なのである。ラテン語で芸術を意味するアルスとは、実は技術(テクニック)のことであり、このことを考えると、アーティスト達が自分たちの技術的手段に絶えず執着することが、ベンヤミンのでっち上げた芸術と技術の対立という図式よりもずっとすんなりと理解出来る。写真家は、写真を撮り始めるや否や、それをどうやってよりリアリスティックに見せるかではなく、焼き付けのために必要な数々の技術的選択に美的な意味を与え、印画紙の質やレンズの種類、構図などを洗練させる。ベンヤミンは、写真と同じくらい、映画についても勘違いをしている。映画には、機械的な部分など一つもない。ベンヤミンは、映画俳優とは大衆に無媒介に提供される「人格」だとしているが(xxp.231)、映画が切り取る俳優の平凡な表現ほど嘘くさいものはない—キャメラは単純に、長い連鎖に補足的な媒介を加えるのであり、その連鎖を切断するものではないのだ。撮影スタジオにおける現前性は、舞台上でのそれに比べて弱いわけでも、強いわけでもなく、またこれらの「パフォーマンス」のなかには同じくらいの技術と媒介が介在している。録音技師なら誰でも、自分の技術が生み出しているのは音楽そのものであり、なにかを再生産しているのではないことを知っているだろう。技術とは、常に、芸術生産の積極的な手段だったのであり、それまで世俗を超越していた創造物の近代的な堕落をもたらすものではなかった。ベンヤミンは、自らが批判しようとしていた、ロマン主義的なものの見方そのものの虜になっているのである。

もし、再生産なるものが、積極的な再創造であり、技術が機械とは関係ないとしたら、逆に増殖は、フェティッシュの具体的な消費のなかにおけるオリジナルのオセンティシティの消極的な溶解以外のなにものかである。むしろ、徹底的な技術的再生産の存在を、いわば必要不可欠の条件として前提としているのは、単一性やオセンティシティの方なのだ。音楽を例に取ると、このことが明確に分かる。つまり音楽の原初には、絶え間ない反復と規格性、構想、シェーマとその変奏があり、その後で作品というものが現れる。唯一無二の作品を作り上げる近代的作曲家などというものは近代期以前には存在しなかった。1750年という比較的最近の時点でさえ、ラモーは、自らのオペラを改めて上演する機会がある度に、その機会にあわせてそれを書き直していたのである。「イポリット…」や「ダルダニュス」の安定バージョンという言葉が幾ばくかでも意味を持ち始めたのは、20世紀中葉、レコード産業の都合にあわせなければなかったからに過ぎない。それまで、音楽は演奏されるために書かれ、作曲家は、主題とハーモニーという連続的な織物に基づいて複製し、採譜し、修正し、改変していた。もともとは、愛好家が一緒に演奏するために様々な写譜を混ぜ合わせたものであった楽譜なるものを、(二〜三世代の音楽学者がやっと作り上げた)特定の作曲家により書かれたオリジナル作品の原テクストの忠実な複製物に作り替えることは、精力的ないくつもの出版社による不断の努力なしには不可能であったはずだ。そしてその後、より長期的な第二の変形が、レコード産業の主導により、バッハやシューベルトの作品の作者がバッハやシューベルトであると理解出来る耳を持った、新しい愛好家向けのマーケットを生み出すために必要であった。絵画については、自分の描いた絵の作者として自らを変身させるために、レンブラント—そして彼以降の画家全て—が多大な努力と戦略的な洞察力を駆使していたことついて、スヴェトラーナ・アルパースが証明している。

この「作者」に関する指摘は、ミッシェル・フーコーの有名な論文以来、折にふれてあちこちで論じられている。ベンヤミンは当然、こうしたいわゆるニューアートヒストリーや作者性=権威に関する社会学について、知る由もなかったが、それでもやはり、彼が自分のテーゼを証明するために書籍の事例をほとんど使わなかったことは興味深い。あるいは、それほど驚くべきことでもないのかもしれない。「印刷機が多大な変化を…【中略】…文学に強要したことは、良く知られた話」(p.218-9)だと言うのは本当だとして、その良く知られた話というのは、実はアウラの消失とは全く違う話であり、作者の誕生と読者の新たな拡大の話なのだ。より精密に言うならば、印刷機の事例は、物資的媒体としてのテクストの機械的再生産と読書の普及とのあいだでベンヤミンが陥った混乱を、あるいはとても明確に証明してくれるかもしれない。ここでの機械的再生産は読書の単一性や多様性を妨げるどころか、全く逆に、読書の単一性や多様性を可能にしているのである。わたしが、今ここで個人的に「オテロ」を読むことが出来るのは、この本が世界中で何十億万部と印刷されて「いるにも拘らず」ではない。何十万部も印刷されて「いるからこそ」わたしの個人的読書経験は可能なのだ。

今や、技術に関するベンヤミンの議論がどういう矛盾の上を堂々巡りしているか、より明らかになったはずだ。ベンヤミンは、まるで以前からそうであったことに気がつかなかったかのように、技術にもう一度積極的な役割を付与しようとしたのである。自称理想主義者に対抗し、彼は我々の手中にある再生産手段が、生み出された作品に対して及ぼす夥しい重要性を強調した。しかし、このようにして敵対していたはずの理想主義者と同じように、ベンヤミンは、(芸術家やその観衆が絶えずそうしているにも拘らず)媒体の物質的存在にも、技術的反復の不断の活動にも、なんら積極的な役割を認めなかった。彼の成功の秘訣は、実はここにある。ベンヤミンのテクストは、どちら側にも快く聞こえるのだ。理想主義的な芸術史の裏に隠されている下部構造的な原理を暴くそぶりは唯物論者を喜ばせるが、その一方で、世界の技術化を、芸術の本来の姿を改めて機械により喪失させるものとして示すことで、結局最終的には理想主義者(あるいはすべての健全な唯物論者のなかに眠っている隠れ理想主義者)にもおもねるのである。
真に唯物的な歴史というものは、技術に正当な役割を与え直すものでなければならない。それを邪悪な近代的倒錯と看做すのではなく、いかにそれが芸術の能動的な生産契機であるかを示さなければならない。

誌面に限りがあり、本稿では、ベンヤミンの珍妙なテクストにより積み重ねられたすべての見当違いについて反論を展開することは出来ない。ここでは、経済というものと政治というものについてごく簡素に指摘するにとどめたい。これにより、ベンヤミンについて我々の行った指摘は、フランクフルト学派全般にも当て嵌まるものとなるはずだ。間違いは同じである。つまり、これらドイツの近代思想家は、技術装置に完全に支配された、群衆と同様に扱いうるものとして、近代大衆というものを体系的に描き出した。群衆の無統制な混交とその無媒介性に関する彼らの不安ゆえ—当時、彼らが不安を感じたのはもっともな話ではあるが—群衆は技術的・経済的大量生産と同一視されるようになってしまったのである。そうすることで、彼らは、自らの姿が誇大視されていることに引きつけられた支持者を獲得したのだ。しかしながら彼らは、アメリカの大衆とニュルンベルクの群衆という、敵同士を同じ穴の狢として扱う。アドルノが描いた、マス市場の黙示録的な光景とは裏腹に、アメリカの大衆はナチスの群衆を制止したのではなかったか。少なくとも社会学的な視点から見れば、商品および消費者の技術・経済的な操作(マス市場やマスメディアといったものが、その戯画化された例である)と、無媒介的に共有された空間と時間の共通のるつぼの中で個性を失う「熱い」群衆ほど異質なものはあり得ないのである。

技術は、距離を喪失させるのではなく、それを作り出すものだ。経済は、購買者と供給者の責任を特定の取引に限定することで、個別の消費の生産について扱う。フランクフルト学派の思想家たちが暴きだしたと主張する、テレビを見たりスーパーマーケットで買い物をする従順な大衆の背後に隠された、無媒介な群衆のなかでの我々の活動の要素一つ一つの全体主義的な融和などには、経済は関与しないのである。この意味で、ベンヤミンは間違いなくマルクス主義者である。彼は現実の様々な局面を、自ら主張する経済主義とは裏腹に、政治学的なモデルから借り出した、一つの語彙に還元しようと試みたのである。

複製機械時代における芸術作品に関する新しい唯物主義的な検証は、ベンヤミンの試みとは正反対に、見当違いを避け、不断に変わり続ける近代の定義と取り組み直すものでなければならないだろう。しかし、これには経済、宗教、芸術、技術、政治において可能な力学の諸相をはっきりと区別する必要があり、また、媒介の拡散を経験的に跡づけなければならないため、ベンヤミンのテクストのような魅力はどうしても持つことが出来ないものになるだろう。しかし、このベンヤミンの魅力の大部分は、上に示したように、彼自身が持ち込んだ混乱と、それにより可能となったお人好しな近代世界批判に起因するのである。

Antoine Hennion et Bruno Latour (1995) “Comment devenir célèbre en accumulant toutes les erreurs à la fois… Benjamin, l’œuvre d’art, l’aura et la technique” (publication web seulement)

このネタでは最初の記事ですね.

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