7月
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文化とは如何に動くのだろうか
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10時頃会場に行くと、既に大勢が集まっていた。今回の学会の全体をコーディネートしているリバプール大IPM(Institute of Popular Music)のフレヤに会う。言われるまま受付に並んでいると、在外研究でIPMに来ている小川博司先生がいた。しばらく歓談。小川先生に川本聡胤さんを紹介される。いろいろな人から既にお名前は聞いていたものの、会うのはこれが初めて、だと思っていたら、98年のIASPM金沢大会で既に会っていたことが判明(人の顔と名前が覚えられなくてホント済みません)。ざっと見たとこ、今回の日本人勢は、唯一発表をする川本さん、川本さんの奥様、小川先生、ぼくの4人のみということらしい。4人来てて発表が一人だけっつーのも、がんばらないと行けませんね(おれも含め)。
基調講演まで時間があったので、会場内に設けられたカフェコーナーに行き、みんなでおもしろそうな発表をチェックする。初日の今日は大したことない感じ。10年くらいIASPMの国際大会は疎遠になっていたので、知った顔が全然ない。スウェーデンの音楽社会学者フス・ハッセさんの姿を見かけたが、向こうも覚えてないだろうな、などと逡巡してしまった。
基調講演は3本立てで、いずれも新しいポピュラー音楽研究の方向性を先取りしようとするものだった。ひとつはコンピュータサイエンスが音楽研究にどのように役立つか、というもの。最初は脳生理学的な見地から「感動する」音楽を突き止めようとするもの。しかしそもそもこういうのって、「刺激→反応」モデルをそのまま引き受けているから社会的媒介とか全く無視してるんだよね。発表の広範になって、メタタグを使った音楽のアーカイブ化と、感動のモデリングというような話になった。音楽の社会性を捉える、という意味ではやっぱりこういうやり方の方がしっくり来る。これは一種のフォークソノミーである。一定以上の数の被験者に一定数以上の音楽を聴いてもらい、感動する箇所や理由をメタデータとして楽曲と一緒に保存し、蓄積された膨大なデータをコンピュータで解析すれば、人が音楽のどの部分をどう聴いているかを定式化出来ることになる。聴き手を通した音楽学というのが可能になると思う。
2つ目のフランコ・ファブリの発表は、混乱されて使われているコーラス、リフレイン、ヴァース、ブリッジという言葉の用法を整理して、楽曲の構造分析(AABA……)を見直そうとするもの。わかりやすかったが、ちとオールドスクール過ぎか。まあ、確かに誰もちゃんと整理してなかったのは確かです。日本語だとどうなっているんだろうか、とふと思った。
3つ目は、ソニック・ヴィジュアライザーという音響解析ソフトを使った楽曲分析。マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」のリズム構造や歌詞内容と歌のデリバリーの関係とか。しかしまあ、道具は精密になっても社会的なパラメータの取り込み方とかは変わらないのねー、って感じか。発表内で紹介されてた参考文献のなかでは、Robert J. Sternbergの『Handbook of Creativity』(ケンブリッジUP、1998年)というのが気になった。
小川先生、川本夫妻とお昼。ビュッフェ風のランチは主催者提供で食べ放題。中華風サンドイッチとか、インド風唐揚げとか、おいしかった。
午後最初のセッションは、ヒップホップものを選択したんだが、失敗。ほとんど得るものがなかった。ブルーノ・ラトゥールらのアクター・ネットワーク理論を援用してラッパーの創造プロセスを説明しようとする発表もあったんだが、理屈とフィールドデータが合致しないつまらないものだった。アクター・ネットワーク理論はフランスの一部で大流行りの方法論で、エニョンのいるパリ鉱物大学校の革新社会学センターでブルーノ・ラトゥールらが提唱し始めたもの。エニョンとラトゥールは先頃紹介したベンヤミン論文も共著しているが、そのうち日本にも入ってくるんじゃないだろうか。ぼくの周りでの今のところの評価は、無関心(ぼく)、毛嫌い(トインビー)という感じで、あまり高くはない(笑)。
トインビーとニーガスからメールが入った。トインビーは水曜日入り、ニーガスは引っ越したばっかりな上、再来週からプエルトリコに行くらしく、今回は不参加ということだった。残念。
午後二つのセッションは音楽分析の可能性を拡張する、というくくり。なぜかブラジルものが多かったが、ブラジリアの大学で音楽学を教えているクリスティナ・グロッシさんの発表は、どんな音楽ジャンルについて、どんな風に授業を受けたいか(あるいは授業はどんな風であるべきか)を、学生および学外の一般人サンプルグループに聞いてまわる調査の中間発表。大学内外の音楽文化の分布、もさることながら、学校での音楽の授業に期待されるものの姿があぶり出しになるような好発表であった。しかし出色は3つ目の発表。エジンバラ大のニック・プリオールさん。ポピュラー音楽において、失敗や偶然がいかに構成的な役割を果たして来たか(例えばフィードバック、ディストーション、スクラッチ、グリッチなど)を非常にスマートな分析枠組とともに提示してました。あとで話したら、元々は博物館研究でドクターをとったらしく、PMSに移行したのは最近とのこと。この発表の内容も踏まえた単著が来年か再来年に出るらしいので、要チェックだろう。当然サイモン・フリスとも親交はあり、次はジャズに関する新しい研究をフリスと一緒にする予定とのことだ。
で、今日のプログラムは終わり。晩はIASPMの学会誌である『Popular Music』とその出版元であるケンブリッジUPの主催でリバプール市内のバーでレセプション。ほとんど入りきれないほどの関係者の熱気で会場は暑いくらいだった(外は大雨)。デイヴ・ラングが来てました(ポピュラー音楽アカデミアに復帰しました、と報告したら、ようこそ!と言われた。うれしかった)。あと、フランスで仲良かった研究仲間のジェローム・ギベールの顔も。京都に来る前にフランスのポピュラー音楽事情を聞いてまわったときに話題に上ることの多かったビートルズの専門家、オリヴィエ・ジュリアンに会えたのも良かった。なんだかんだ言ってフランス語圏の人はフランス語圏でまとまってんだなと。
ぼくがパリでフィールドワークをしていたときの話になったんで、いろいろ説明していて、そのころはフランスではどこにもポピュラー音楽なんて研究出来る場所がなかったのに、どうして2000年中盤以降から急に研究センターとかフランス語圏IASPMとかが制度化したんだろう、という質問をしてみたら、ジェロームから返って来た答えは「そりゃブルデューだよ。フランスの社会学会(・界)はブルデューが牛耳ってきたから。ブルデュー以前には、マルクス主義的な伝統が脈々とあって、大衆文化的なものに対する学術的な関心は一応正当化されていたんだけど、ブルデューはそうした研究は下らん、と一蹴してしまった。これは大きかった」というものだった。まさに「現場の声」のような。
てなわけで、わりとたくさんビールを飲み、宿舎が同じだというジェロームと、帰りしなにケバブを買って帰った。フランスに比べイギリスのケバブはまずい。
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