11月
21
文化とは如何に動くのだろうか
11月
21
ゴロワーズを次から次へと吸い、テレビの生放送で500フラン札を焼き、なぜタバコを吸い続けるのかと聞かれて「緩やかなる自殺である」と答えたというセルジュ・ゲンズブール。僕は前々からこの人が大嫌いなんですが、大嫌いなだけに無関心ではいられないという罠にもはまってしまっています。好意的に見れば彼の生き様は絵に描いたようなボヘミアンですが、斜から見れば周到なメディア戦略家でもあります。例えばタバコは衆目を集めている時だけしか吸わないし、テレビでもCMになったら灰皿にもみ消していたとかいうし、要するにエンターテナーとしてゲンズブールを演じていた、という部分も大きかった。その両面性を上手に操りながら、解釈をはぐらかすパフォーマンスを続けた人です。日本ではオシャレさんの消費アイテム化してますが、フランスではインテリのあいだで絶大な人気を誇り、大衆からは強烈に嫌われている人です。
そのゲンズブールの伝記映画、『Gainsbourg, vie héroïque』(ジョアン・スファー監督)が来年1月20日に封切りされるんですが(フランスで、ネ。日本まで来るかは知らん)、そのポスターが問題になっているらしい。問題のポスターは、ゲンズブールを演じるエリック・エルモスニーノの口元から紫煙が立ち上っているというものだが、メトロ(地下鉄)を運行してるパリ交通局(R.A.T.P.)が、喫煙を喚起するものとして、駅ばりを禁止してしまったのだ。配給会社側はこれがかなり不服な模様。というのも、メトロの駅ばり用ポスターは、雑誌やウェブ用のとは別に、駅ばり広告での喫煙表現規制を考慮して、タバコ自体が見えない(煙しか見えない)ように特別にポスターをデザインしていたから。つまり、雑誌用のポスターは縦長で、手元のタバコが見えるのだが、駅ばり用はバストショットになっている。別のデザイナーチームをわざわざ組んで作ったものなのだ。監督のスファーは、週刊誌レクスプレス誌上でのインタビューで、「フランス音楽の記念碑の一つを冒涜する決定だ。あのポスターはメトロのために特別に作ったもので、タバコも吸い殻も映っていない。あの画面から煙を消せなんて、バカにするにもほどがある」とコメントした。差し替え用の新しいポスターを投入する予定はないそうだ。
フランスには1991年に成立したエヴァン法という公衆衛生に関する法律があって、これが酒類やタバコの広告表現をかなり細かく規制している。例えばテレビやラジオではワインやタバコのCMは出来ないし、街ばりや駅ばりの広告についても、基本的に所謂「イメージ広告」は出来ないことになっている。つまり、例えば雪化粧した山小屋の暖炉の前でビールを仲間たちとゴクゴクッ、パフー、ンマイ!、的なCMは御法度なのだ。写真は商品写真のみ、あるいは原材料に関するもののみ、あるいは生産従事者のみ。時々、金髪のモデル体型の女性がおいしそうにワインを飲むような広告も見かけますが、あれは一応、そのあり得ない体型の女性が「ソムリエ」だっていう屁理屈で押し通したもの(で、時々罰金を課せられるので、広告代理店も命がけである)。ただ、フランス製ワインの人気落ち込みや新世界ものの流入で、ワイン業者が業績不振に悩む現状に合わせて、最近多少緩和されたとのこと。
で、タバコに関してはも、同様の規制があるんですが(例えば、F1フランスGPでは、車体からチームスポンサーのタバコメーカーのロゴが消されるのは有名な話)、最近、全国広告業規制機関(ARPP)という機関が、タバコについて、「既に死亡した人物について、その人格と切り離せないような場合」や「文化的、芸術的な目的を持つ場合」について、広告でのタバコ規制を緩和するとの判断を出していて、それも今回の衝突の原因の一つになっているんだそう。フランスでは既に、1996年に発行された記念切手でアンドレ・マルローの口元にあったはずのタバコが消えていたり(元写真はここ、切手はここ)、2005年に国立図書館で開催されたジャン=ポール・サルトル展のポスターで、サルトルが右手人差し指と中指の間に挟んでいた吸い殻が消されたり(元写真はここ、ポスターはここ)、オドレイ・トトゥがやった『ココ・アヴァン・シャネル』のポスターもメトロの駅ばりが禁止されたりしてます。
しかしいずれにせよ、一連の報道によって、結局はこの映画のパブリシティは上がっているわけで、結局軍配はゲンズブール側に上がるわけだ。タバコ吸っても吸わなくても(吸えなくても)、やっぱこの男はメディアの使い方が上手いってことだ。
ちなみに監督のジョアン・スファーっていうのは、『ペルセポリス』のマージェーン・サトラピとかと並び称されるベデイストです。
このネタでは最初の記事ですね.
わたしにとって男性のセクシーポイントは背中と手と声です。ゲンズブールは声がいいから好き。リラの切符切り(タイトル知らないんだけど)みたいな歌だと声の良さがわかる。
消しちゃうのは嫌な感じだなあ。翻訳でも、編集から差別用語チェックが入るのはいいんだけど、引用とか歴史上のことまでチェックしようとする人が時々いる。こういうのがエスカレートすると、都合よく歴史を変えてしまったりとかしないんだろうか?
marikoさん、先日はお時間頂きどうもありがとうございました。お礼が遅れてしまってすみません。
そうですか、marikoさんはゲンズブールの声がお好きなのですね……。ゲンズブールはやっぱり苦手ですが(笑)、僕も人の背中や手や声は気になります。パリにいた時はパン職人の手の写真を撮らせてもらったり、工場の職工の手を見せてもらったり、チェリストの手を見せてもらったりしてました。それぞれの人の歴史が刻まれていますよね。
でもそういう「手」も、今はみんな一様にキレイな感じがします。広告のタバコ表現とかも、そういう流れの一環なんじゃないでしょうかね。