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文化とは如何に動くのだろうか
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来る12月19日(土)にうちの大学で開催される第11回ポピュラーカルチャー研究会に、同僚の気鋭美学者前田茂氏とともに登壇いたします。タイトルは「音楽の時間・映画の時間」。場所は清風館102教室で、一般公開(無料)です(僕の発表なんか聞いているよりも、外の噴水見てた方が楽しそうですが)。ポピュラーミュージック史の授業中にもお聴かせした機械録音、電気録音の音源を実際に聞いてもらいながら、映画の世界で当時すでに成立していたモンタージュ技法が、なぜポピュラー音楽においては戦後にならないと一般化しなかったのか、というような問題提起を行います。JASPMとはがらっと変わって美学的(?)アプローチですが、このへんやっとかないと、今後のポピュラー音楽研究・教育に風穴を開けてゆくことは出来ないんじゃないかと。相変わらず問題提起なので、答えは出ません。スミマセン。
−−−−−−−−−−以下コピペ
第11回 ポピュラーカルチャー研究会
音楽の時間・映画の時間
大衆娯楽としての映画と音楽は、ほとんど時を同じくして世に出た文化であり、多くの娯楽企業が映画と音楽の双方の分野を股にかけて創業している。そして、大衆娯楽化の歩みは、いずれも1920年代の電気録音技術(マイクロフォン、トーキー)の発明によって一挙に花開いたと言える。 しかしながら、映画においてはトーキー技術の発明される以前から、現実の時間と物語進行上の時間を乖離させる技法(モンタージュ)が展開されていたのに対し、音楽においては、電気録音が導入されてもずっと「ドキュメンタリー型」の技法 ─ コンサートホールの理想的な位置に主体=マイクロフォンを固定して、楽団の演奏を録音 ─ が主流であった。 時代は変わって、50年代に入ると磁気テープ録音が導入され、音楽の世界でも多重録音が一般的になってくる。これと同時に、複数のスタジオでバラバラに録音した音源を後から編集する制作スタイルがポピュラー音楽でも盛んに用いられるようになる。すなわち、同じアーティストが全ての楽器を演奏しているような、現実では不可能な作品の誕生である。 こうした奇妙な音響世界は、ポピュラー音楽の場合、そのままサイケデリックなるものへと短絡するが、映画のサウンドトラックを見ていると、実はこういう奇妙な音響空間(台詞も含めて)というのはずいぶん昔から普通に存在していて、必ずしも「幻覚的」なものとしては認識されていなかった。例えば、フリッツ・ラングの『M』では、画面に登場人物していない人々の声が聞こえてきたり、犯人の口笛が重ねられたりする。 本発表では、上記の問題意識を共有し、(1)音楽表現と映画表現における「ナラティブな時間」の構成の違いがなぜ生じたのか、(2)磁気テープによる録音・録画技術が、音楽表現と映像表現にどのような影響を与えたのか、という二つの疑問に対して、発表者それぞれの立場から考察し、更なる分析に向けた問題提起を行う。
日 時:2009年12月19日(土) 13:00 〜16:30
会 場:京都精華大学 清風館102教室
一般参加自由 申込不要
どなたでもお気軽にご参加下さい!
発表者
安田昌弘 (京都精華大学人文学部准教授)
前田 茂 (京都精華大学人文学部准教授)
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コピペしてて気がついたのだけど、この研究会の主催者って「京都精華大学 清風館102教室」なんだそうだ。主体としての教室。よいな。
このネタでは最初の記事ですね.
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