7月
15
文化とは如何に動くのだろうか
7月
15
今日は朝九時からのセッションがあったのだが、いろいろ準備しているうちに時間がなくなりこれはパス。かろうじて、独裁政権下のチリで政治的な内容の歌をのせた海賊カセットがどのような役割を果たしたのかについての発表を聴いた。その時点で、早くくれば良かったと後悔。特に、カセットテープは秩序破壊的な内容を持っているとしても外見が変わることがないとということを、この技術の持つ不透明性(opacity)という言葉で説明していたのが印象に残った。質疑応答では、英語でのやり取りから急にスペイン語での応答になだれ込むという(一応通訳役がついていた)国際大会ならではの一幕も。インターネットにもこういう役割は期待されているんだろうけれど、流通経路(回線)がたいていの場合国家あるいは大手企業の所有物であり、だんだん恒常的な監視下に置かれるようになっていることから考えると、どうなんだろうか。
7月
14
10時頃会場に行くと、既に大勢が集まっていた。今回の学会の全体をコーディネートしているリバプール大IPM(Institute of Popular Music)のフレヤに会う。言われるまま受付に並んでいると、在外研究でIPMに来ている小川博司先生がいた。しばらく歓談。小川先生に川本聡胤さんを紹介される。いろいろな人から既にお名前は聞いていたものの、会うのはこれが初めて、だと思っていたら、98年のIASPM金沢大会で既に会っていたことが判明(人の顔と名前が覚えられなくてホント済みません)。ざっと見たとこ、今回の日本人勢は、唯一発表をする川本さん、川本さんの奥様、小川先生、ぼくの4人のみということらしい。4人来てて発表が一人だけっつーのも、がんばらないと行けませんね(おれも含め)。
基調講演まで時間があったので、会場内に設けられたカフェコーナーに行き、みんなでおもしろそうな発表をチェックする。初日の今日は大したことない感じ。10年くらいIASPMの国際大会は疎遠になっていたので、知った顔が全然ない。スウェーデンの音楽社会学者フス・ハッセさんの姿を見かけたが、向こうも覚えてないだろうな、などと逡巡してしまった。
7月
13
リバプール大学のキャンパスから5分ほど歩いたところにある学生寮に移った。学会開催期間中はここが宿となる。レスター大学に留学中、ぼくは友達と共同で家を借りていたけれど、クラスメイトのなかにはこの手の学生寮に住む人も多かったので、なんとなく勝手はわかる。どこに行ってもほぼ同じような作りなのである(ロンドンは別)。学会は明日からなので、今日は気ままに街を散歩してみた。
リバプールというと、なにを思い浮かべるだろうか。もちろんビートルズ。しかし、それと同じ位重要なのは、この街が造船を中心としたイングランドでも有数の工業地帯であったこと(あの「タイタニック」もリバプールで建造され、リバプールから出航した。だから、あの船にはアイルランド人が多く乗っていたのだ。リバプールはアイルランドへの玄関口でもある)、そして、アメリカ大陸と西アフリカと欧州を結ぶ三角貿易の中心地であり、奴隷貿易によって発展した街であるということだ。三角貿易というのは、欧州から繊維や武器を西アフリカに運び、それと黒人を交換し、交換した黒人をカリブ海や南米に運び、砂糖プランテーションで奴隷として働かせ、出来た砂糖を今度は欧州に運ぶという交易システムのことである。 Continued…
7月
13
国際ポピュラー音楽学会(IASPM)というのがあって、二年毎に国際学会を開催しているのだが、それが今年は英国リバプールで開催されるということなので、やってきた。昨晩22時頃リバプール入りし、ホテルに一泊した後、今朝からは主催者指定の宿泊施設(要は夏休みで空いている学生寮の一部)にチェックインしました。台所が共用なほかは、全て備わっていて全く問題ない。いま、その部屋で書いている。
まあ、イギリスでは普通のタイプの学生寮だな。むしろ昨日泊まったホテルの方がビミョーだった。手配すんのが遅れたからちょっと高めのとこしか残ってなかったんだけど、内装やら泊まっている人やらがいちいちスノッブで。いちいちもったいぶらんで良いから、早いとこ寝かしてくれ、って言う感じだった。主催者指定の施設に行ったら誰か知り合いの先生に会うと思ったんだが、そんなこともなかった。プログラム見てたら日本人が一人発表するようだ。楽しみ。
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