7月
20日
文化とは如何に動くのだろうか
7月
16日
IASPMリバプール大会もこれで中日。中だるみ(笑)。まじめにやろうと思いながらも、午後最初のセッションはお休みして宿舎に戻って昼寝してしまった。おかげで夕方以降は調子良かった。晩はアジアの学会出席者がほぼ全員集まるという夕食会に招かれ、行ってきた。基本的に中国人と韓国人と日本人、そしてそれらをフィールドにする欧米人という構成。ポピュラー音楽研究というよりは、地域研究・カルスタの集まり。個人的にはかなりひいてしまった。というか、悲しいかな私の身体はずいぶん西欧的になってしまっているのだろう。ああいう長テーブルの食事会で、料理のあいだに立ち上がって場所を変えて入れ替わり立ち替わり話をするというのは、欧州だったらありえないのよね。写真見たらわかると思うけど、座る場所が激しく変わっているのはアジア人だけ。その辺のコードの転換を予期出来なかった私の負けです。はい。
朝はジェローム・ギベールの「フレンチタッチ」に関する研究発表を聞いた。興味がないので知らなかったけど、AirとかDaft Punkとかロラン・ガルニエとか、所謂「フレンチタッチ」系のアーティストって、みんなパリ西郊のブルジョワ地区ヴェルサイユの同じ高校出身なんだってね。で、彼らの社会関係資本がその後どうやってフレンチタッチの国際的な成功に結びついたのか、というような話。ベルサイユ自体は超保守的な街で、練習スタジオもレコード店もナイトクラブもないようなところなんだけど、そこの進学校の落ちこぼれ集団だったのね。で、世界的な評価を得て(特にソフィア・コップらの『マリー・アントワネット』とか)、最終的にはベルサイユの街自体が観光誘致にフレンチタッチ発祥の地的なキャンペーンをしたり、フレンチタッチ系のアーティストが政府から勲章をもらったりという展開になっているのだそうだ。ぼくはかねがねフレンチタッチの国際的な成功については、日本のフランス贔屓たち(所謂「渋谷系」)が一種のプロト市場を構成していたと考えているんだけど、ジェロームに聞いたらやっぱりそんなことを言っていた。しかし、同じ高校っていうのも。デイヴ・ヘズモンダールに聞いたら、ロンドンでも最近西郊外のある高校出身のミュージシャンが増えていて、社会学的な考察対象になりつつあるらしい。
7月
15日
今日は朝九時からのセッションがあったのだが、いろいろ準備しているうちに時間がなくなりこれはパス。かろうじて、独裁政権下のチリで政治的な内容の歌をのせた海賊カセットがどのような役割を果たしたのかについての発表を聴いた。その時点で、早くくれば良かったと後悔。特に、カセットテープは秩序破壊的な内容を持っているとしても外見が変わることがないとということを、この技術の持つ不透明性(opacity)という言葉で説明していたのが印象に残った。質疑応答では、英語でのやり取りから急にスペイン語での応答になだれ込むという(一応通訳役がついていた)国際大会ならではの一幕も。インターネットにもこういう役割は期待されているんだろうけれど、流通経路(回線)がたいていの場合国家あるいは大手企業の所有物であり、だんだん恒常的な監視下に置かれるようになっていることから考えると、どうなんだろうか。
7月
14日
10時頃会場に行くと、既に大勢が集まっていた。今回の学会の全体をコーディネートしているリバプール大IPM(Institute of Popular Music)のフレヤに会う。言われるまま受付に並んでいると、在外研究でIPMに来ている小川博司先生がいた。しばらく歓談。小川先生に川本聡胤さんを紹介される。いろいろな人から既にお名前は聞いていたものの、会うのはこれが初めて、だと思っていたら、98年のIASPM金沢大会で既に会っていたことが判明(人の顔と名前が覚えられなくてホント済みません)。ざっと見たとこ、今回の日本人勢は、唯一発表をする川本さん、川本さんの奥様、小川先生、ぼくの4人のみということらしい。4人来てて発表が一人だけっつーのも、がんばらないと行けませんね(おれも含め)。
基調講演まで時間があったので、会場内に設けられたカフェコーナーに行き、みんなでおもしろそうな発表をチェックする。初日の今日は大したことない感じ。10年くらいIASPMの国際大会は疎遠になっていたので、知った顔が全然ない。スウェーデンの音楽社会学者フス・ハッセさんの姿を見かけたが、向こうも覚えてないだろうな、などと逡巡してしまった。
7月
13日
リバプール大学のキャンパスから5分ほど歩いたところにある学生寮に移った。学会開催期間中はここが宿となる。レスター大学に留学中、ぼくは友達と共同で家を借りていたけれど、クラスメイトのなかにはこの手の学生寮に住む人も多かったので、なんとなく勝手はわかる。どこに行ってもほぼ同じような作りなのである(ロンドンは別)。学会は明日からなので、今日は気ままに街を散歩してみた。
リバプールというと、なにを思い浮かべるだろうか。もちろんビートルズ。しかし、それと同じ位重要なのは、この街が造船を中心としたイングランドでも有数の工業地帯であったこと(あの「タイタニック」もリバプールで建造され、リバプールから出航した。だから、あの船にはアイルランド人が多く乗っていたのだ。リバプールはアイルランドへの玄関口でもある)、そして、アメリカ大陸と西アフリカと欧州を結ぶ三角貿易の中心地であり、奴隷貿易によって発展した街であるということだ。三角貿易というのは、欧州から繊維や武器を西アフリカに運び、それと黒人を交換し、交換した黒人をカリブ海や南米に運び、砂糖プランテーションで奴隷として働かせ、出来た砂糖を今度は欧州に運ぶという交易システムのことである。 Continued…
7月
13日
国際ポピュラー音楽学会(IASPM)というのがあって、二年毎に国際学会を開催しているのだが、それが今年は英国リバプールで開催されるということなので、やってきた。昨晩22時頃リバプール入りし、ホテルに一泊した後、今朝からは主催者指定の宿泊施設(要は夏休みで空いている学生寮の一部)にチェックインしました。台所が共用なほかは、全て備わっていて全く問題ない。いま、その部屋で書いている。
まあ、イギリスでは普通のタイプの学生寮だな。むしろ昨日泊まったホテルの方がビミョーだった。手配すんのが遅れたからちょっと高めのとこしか残ってなかったんだけど、内装やら泊まっている人やらがいちいちスノッブで。いちいちもったいぶらんで良いから、早いとこ寝かしてくれ、って言う感じだった。主催者指定の施設に行ったら誰か知り合いの先生に会うと思ったんだが、そんなこともなかった。プログラム見てたら日本人が一人発表するようだ。楽しみ。
7月
10日
先週日曜は、ラッパーZEEBRA著になる『ZEEBRA自伝〜Hip Hop Love』を手に、初夏の貴船山に行ってきた。叡電ずっと乗って行くとなにがあるのか、前から気になっていたのだ。ご存知かもしれないが、叡電は宝ケ池で分岐した当りからぐっと素朴さを増す。今回初めて精華大学前駅を通り過ぎてその先に向かったわけだが、それから考えるとうちの大学あたりはまだ新興住宅地っぽく都会的であることが判明した。北山は奥深く、空気もずいぶん涼しい。時節柄天気は快晴というわけにはいかなかったが、むしろ時々日が射すぐらいの方が、この時期の山歩きにはちょうど良い。
出町柳から鞍馬に向かう叡電はゆっくりしたもので、『ZEEBRA自伝』は行きの電車だけでずいぶん進んだ。2008年11月28日発行。「ジブラ著」とあるが、奥付には「取材・構成 長谷川誠」とあるのが逆に良心的。なぜこの本なのかというと、最近ヒップホップ関係の研究書が相次いで刊行されたんで、日本ポピュラー音楽学会の学会誌に日本語で読めるヒップホップに関する研究書について、俯瞰的に書評をまとめるよう頼まれているため。まあ、所謂タレント本の一種なので、この内容をそのまま引き受けるわけにはいかないが、日本のヒップホップアーティストの生い立ちについて、なんとなく抱いていたいくつかの疑問にぼちぼち糸口が見えた感じである。ぼくは東京でヒップホップのフィールドワークをしているときに、渋谷の私立校の高校生を間違いなくエスカレーター進学させるためのダメな学習塾でダメな英語の授業をしていたが、そのとき教えていた青学の生徒たちが、まさにこの本に出てくるようなタイプだったのよね。 Continued…
7月
10日
ポピュラー音楽研究
文化表現学科Aコース・基礎演習III 2009年7月9日
当日配布したレジュメはこちら。
先週:これまでしてきたこと
今週:ポピュラー音楽を研究する方法
80年代初期のヒップホップ映像:チャールズ・アーヘン監督(1982年)『ワイルドスタイル』より
日本語ラップの例:Zeebra(2008年)『Jackin’ 4 beats』ポニー・キャニオン Continued…
7月
9日
どうも皆様。
あす、精華大学で毛利嘉孝先生のレクチャーがあります(夕方19時から)。明後日土曜日と明々後日日曜日は京都四条の京都芸術センターで毛利先生のDIY教室が開催されます。DIYってなに?ってヒトはぜひ明日のレクチャーにご参加ください。ちなみにDo It Yourselfの略です。
どうも小出力のFMラジオ送信機をつくってラジオ放送をするようです。某粉川先生みたいな。
まだ席が若干名空いているようですので、ご興味のある方はぜひ参加してみてください。 精華大学の学生は、受講料半額だそうです。
ちなみに私は明後日からリバプールですが、明日は少なくとも晩のレクチャーには参加する予定です。いや、ほんとはDIY教室で登壇するはずだったんですが。。。 場合によってはリバプールからスカイプで参加するかも(多分ないけど)。
DIYラジオで、パーソナリティをするヒトを募集しているらしいので、そちらの方ももし良かったら名乗り出ていただけると良いかもです。
以上、業務連絡でした。
7月
9日
文化表現基礎演習III 09年7月9日
7月
7日
昔、みんなが構造と力を信用しきっていた頃、我々はヴァルター・ベンヤミンのあの有名な論文に多大なる影響を受けたものだった。あんなに唯物論を礼賛してきたマルクス主義的、批評的伝統が技術装置を手にしてしまったことに対する後ろめたさから、なんとかして逃れなければならない。これが、この論文が発表された遥か昔、求められていたことなのであった。
それまで、これらの技術装置は、使う人の狙いによって良いものにも悪いものにもなる、中立的な、単純な道具だと考えられていた。ベンヤミン、そして彼のフランクフルトの同僚たちは、これとは別の教訓を持ち込んだ。技術は権力を作り出す。「芸術を見てみるがよい」と彼らは言った。再生産技術にちょっとした変化があっただけで、作品そのものの内容に、そしてその受け手に、信じ難い変質がもたらされたのだ。キリストは間違いを犯した。パンが増殖することで、聖体のパン自体も実体変化を受けることになってしまったのである。
このメッセージは強烈なもので、そのため、皆の目に止まらないわけにはいかなかった。
この論文を今日改めて読み直してみると、我々のリアクションはかなり違う。先駆者たるベンヤミンに必要なオマージュを捧げ、現在ベンヤミンに対して行われている批評がどれだけベンヤミン本人に負っているかを認めた上で、我々は全く逆に、この論文が快活に犯している間違いの多さに茫然とさせられるのである。いや、もっと正確に言えば、近代にせよ、過去にせよ、分析対象とされた現象のほとんどについて、ベンヤミンが全く理解していないことに呆れてしまうのだ。
我々は、ベンヤミンの後光の強さに対抗するために、わざと同じくらい挑発的なトーンで、敢えて指摘してみたい。これらの間違いは、ベンヤミンの功績の土台となった数々の洞察力にしてみれば全く他愛ない、力強いテクストのなかの些細な間違いなどというかわいいものではなく、彼が読者に及ぼした(そして現在も及ぼし続けている)幻術の主因なのである。ほとんどの作者が忌避するような、無知丸出しのこじつけを通し、『複製技術時代の芸術作品』では、芸術、文化、建築、科学、技術、宗教、経済、政治、そして更には戦争や精神分析に至るまで、近代的生活の全ての局面が簡素に描かれている。そして、こうした言葉が出てくるたびに、我々は、ベンヤミンが議論の対象を取り違えているような印象を禁じ得ないのである。
7月
3日
文化表現学科基礎演習III 2009年7月2日
当日配布したレジュメはこちら。
今週:これまでしてきたこと
来週:ポピュラー音楽を研究する方法
7月
2日
文化表現学科基礎演習III 09年7月2日
7月
2日
初出:安田昌弘「ヒップホップ、近代、ストリート-パリ及び東京のヒップホップシーンに関する一考察」 『ExMusica』vol.4 pp.55-65 2001年
ロラン=バルト(1970)は日本を題材にしたエッセイの中で東京の中心は空であると言った。もちろん彼は記号学的な立場から日本を眺めており、またその観察は表面的なものに終始するのだが、東京と、彼が対照させている筈のパリという都市、郊外空間の生成を繙くなら、別な意味で東京とパリの「中心」のあり方、そして「周縁」のあり方の違いが見えてくるだろう。つまり、東京の中心は浮き草のように移動するのに対し、パリのそれは蝸牛のように動かない。パリ市内(intra-muros)とパリ市外(extra-muros)は未だに19世紀中盤に端を発する壁(現在は環状自動車道)によって区切られるが、東京はもはや首都高速環状線や山手線では囲いきれまい。
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