2月
2日
文化とは如何に動くのだろうか
2月
2日
うかつにも人生の1/3程を過ごしてしまったフランスに来ております。主目的は、来年度から正式に開校する横浜文化創造都市スクール(通称・北仲スクール)での講義のための資料集めと人脈づくり。フランスで人脈作ってどうすんのっていわれてもすぐにはあれなのですが、とにかく日本のポップカルチャーがいろいろな形で入り込んでいる国でもあり、その辺で学際的・国際的なプロジェクトが出来ないだろうかという、中長期的展望にたって動いています(少なくとも気持ちはそのつもり)。講義というのは八月末(予定)に集中でやる予定で、これは特にパリと東京の都市空間と文化生産・消費というような括りでやりつつ、そこに京都という街を絡めるようなことを考えています。 Continued…
7月
14日
10時頃会場に行くと、既に大勢が集まっていた。今回の学会の全体をコーディネートしているリバプール大IPM(Institute of Popular Music)のフレヤに会う。言われるまま受付に並んでいると、在外研究でIPMに来ている小川博司先生がいた。しばらく歓談。小川先生に川本聡胤さんを紹介される。いろいろな人から既にお名前は聞いていたものの、会うのはこれが初めて、だと思っていたら、98年のIASPM金沢大会で既に会っていたことが判明(人の顔と名前が覚えられなくてホント済みません)。ざっと見たとこ、今回の日本人勢は、唯一発表をする川本さん、川本さんの奥様、小川先生、ぼくの4人のみということらしい。4人来てて発表が一人だけっつーのも、がんばらないと行けませんね(おれも含め)。
基調講演まで時間があったので、会場内に設けられたカフェコーナーに行き、みんなでおもしろそうな発表をチェックする。初日の今日は大したことない感じ。10年くらいIASPMの国際大会は疎遠になっていたので、知った顔が全然ない。スウェーデンの音楽社会学者フス・ハッセさんの姿を見かけたが、向こうも覚えてないだろうな、などと逡巡してしまった。
7月
7日
昔、みんなが構造と力を信用しきっていた頃、我々はヴァルター・ベンヤミンのあの有名な論文に多大なる影響を受けたものだった。あんなに唯物論を礼賛してきたマルクス主義的、批評的伝統が技術装置を手にしてしまったことに対する後ろめたさから、なんとかして逃れなければならない。これが、この論文が発表された遥か昔、求められていたことなのであった。
それまで、これらの技術装置は、使う人の狙いによって良いものにも悪いものにもなる、中立的な、単純な道具だと考えられていた。ベンヤミン、そして彼のフランクフルトの同僚たちは、これとは別の教訓を持ち込んだ。技術は権力を作り出す。「芸術を見てみるがよい」と彼らは言った。再生産技術にちょっとした変化があっただけで、作品そのものの内容に、そしてその受け手に、信じ難い変質がもたらされたのだ。キリストは間違いを犯した。パンが増殖することで、聖体のパン自体も実体変化を受けることになってしまったのである。
このメッセージは強烈なもので、そのため、皆の目に止まらないわけにはいかなかった。
この論文を今日改めて読み直してみると、我々のリアクションはかなり違う。先駆者たるベンヤミンに必要なオマージュを捧げ、現在ベンヤミンに対して行われている批評がどれだけベンヤミン本人に負っているかを認めた上で、我々は全く逆に、この論文が快活に犯している間違いの多さに茫然とさせられるのである。いや、もっと正確に言えば、近代にせよ、過去にせよ、分析対象とされた現象のほとんどについて、ベンヤミンが全く理解していないことに呆れてしまうのだ。
我々は、ベンヤミンの後光の強さに対抗するために、わざと同じくらい挑発的なトーンで、敢えて指摘してみたい。これらの間違いは、ベンヤミンの功績の土台となった数々の洞察力にしてみれば全く他愛ない、力強いテクストのなかの些細な間違いなどというかわいいものではなく、彼が読者に及ぼした(そして現在も及ぼし続けている)幻術の主因なのである。ほとんどの作者が忌避するような、無知丸出しのこじつけを通し、『複製技術時代の芸術作品』では、芸術、文化、建築、科学、技術、宗教、経済、政治、そして更には戦争や精神分析に至るまで、近代的生活の全ての局面が簡素に描かれている。そして、こうした言葉が出てくるたびに、我々は、ベンヤミンが議論の対象を取り違えているような印象を禁じ得ないのである。
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