精華大学の広報課に頼まれて書いた文章です。大学の先生って、こんなこともしないといけないのですねぇ。
広報課:音楽を聴く時に学生に意識してほしいことはなんですか?
安田:文学や映画や美術作品でも一緒だと思うけど、音楽にはすごく大きく分けて二つの「聴き方」があると思います。一つは、音楽の音自体を深く聴き込んでゆく聴き方。例えばロバート・ジョンソンのギターがスゴいとか、宇多田ヒカルの歌詞が心にしみるとか、The Rootsの構成感がたまらないとか。音楽の意味、というか価値は、音楽自体のなかにあるという感じで、掘り下げてゆく人たち。もう一つは、音楽そのものというよりも、音楽を取り巻く空気みたいなものをむしろ意識して聴く聴き方。例えば、ロバート・ジョンソンのギターの味わいは、北米の奴隷制とか人種差別とか、彼が生きた時代背景を知っているともっと心に響くだろうし、宇多田ヒカルの詩だって、彼女の経歴とか生き方、それから日本の現代社会なんていう文脈があって始めてその意味やら価値が生まれる。The Rootsの構成感というのは、ライブバンドでラップしていることにあると思います。つまり、曲そのものではなくって、ラップとはこうでなければならないっていう約束事との微妙な位置関係だと思うんすよ。
僕のやっているポピュラー音楽研究という学問では、音に焦点をあてて音楽を分析する方法を《内的研究》、音を取り巻く文脈に焦点をあてて行く方法を《外的研究》なんて呼んでます。ただ、さっきの話を聞きながらそう思ったかもないけど、実際には《内的》な視点と《外的》な視点をバランスよく持って研究する必要がある。もし、音楽の善し悪しが《内的》な要素だけで決まっているとしたら、どうして同じ曲を好きな人と嫌いな人がいるのか説明出来ないし、もし《外的》な要素が楽曲の善し悪しを決めると言い切ってしまったら、名曲は味わいのあるギターや心をつかむ詩とは関係なく生まれることになってしまう。
なので、音楽を聴くときは、自分や他人がどうしてある特定の曲を好き(あるいは嫌い)なのかを、音楽の内側の要因と外側の要因に分けて考えながら聴いてみてほしいです。自分の好きな曲を、家族や友達や知り合いが嫌いだというような場合に、どうして好き嫌いが分かれるのかを理解しようと心がけてみてください。音楽の好き嫌いって、よくそのまま人格とか相性の問題とすり替えられます。音楽って、そのまま人生観とか、感性とかに関わってますから、自分の好きな曲を他の人が好きじゃないとけんかになりかねないです(笑)。でも、そうゆう感情的な好き嫌いから一歩後ろに引いて、全体を《聴く》という心がけが必要だと思います。
広報課:音楽研究を通じて、何をつかみ、また何を表現してほしいと思いますか。
安田:さっきも少し触れましたが、ポピュラー音楽研究という学問では、音楽の意味と価値を、ただ単に音の連なりの中に分析するのではなく、それを成立させている外側の要因(時代背景、レコード会社やマスコミの経済活動、演奏・録音・再生技術の変遷、世代や社会階層による好みの移り変わり、など)にも注目して考えていきます。だから、単に心に響く曲を研究して、同じくらい心に響きそうな曲を作る、というだけではなく、その曲を実際にリスナーの耳まで届け、実際に心に響かせるにはどうすれば良いか、ということを考えていきます。ポピュラー音楽を通じて表現したいことはみんなそれぞれあるでしょう。ただ、僕は《表現》というものは、作品を作っただけでは成立しないと思ってます。つまり、曲を作るだけではダメで、それを聴いてくれる人がいて始めて、音楽は《表現》として成り立つんです。そのため、僕の授業では実際に音楽を聴き込むのはもちろん、それを通して文化の社会学や経済学、録音・再生技術の歴史、マーケティングやメディア理論などの知識を身につけることを狙います。アーティスト、ということだけでなくて、プロデューサーやマーケッター、DJとか音楽ライターなど、アーティストとリスナーを結びつけて、音楽表現を成り立たせることの出来る人材が育てられたら良いなぁ、と思います。

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